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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)7499号 判決 1976年1月26日

原告

昭和海運株式会社

右代表者

末永俊治

右訴訟代理人

有泉亨

外三名

被告

株式会社三和銀行

右代表者

檜垣修

右訴訟代理人

大林清春

外二名

主文

一  被告は、原告に対し、金三億九九六七万六九〇三円と内金三億八二五一万四三〇四円に対する昭和五〇年二月八日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  この判決は、原告が金五〇〇〇万円の担保を供するときは、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

一、申立て

(一)  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金四億〇〇四三万三一三七円と内金三億八二五一万四三〇四円に対する昭和五〇年二月八日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

(二)  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

二、主張

(一)  請求原因

1  原告は、海運業を、被告は、銀行業をそれぞれ営む株式会社である。

2(1)  原告は、昭和四八年五月七日、被告との間で、送金人を原告、受取人を北米合衆国ニユーヨーク市内、ノートン・リリー・アンド・カンパニー・インコーポレイテツド(以下「ノートン・リリー」という。)、支払銀行を同市内、チエイス・マンハツタン銀行、支払方法を通知払いとする米貨7万3764.78ドル(以下「米貨」を省略する。)の電信送金契約(以下「本件送金契約」という。)を締結した。

(2)  支払方法が通知払いである電信送金契約の場合、受託者たる仕向銀行は、その送金にあたり、送金人の名を正確に受取人に通知すべき義務を負うというべきである。ところが、被告は、同日、前記金額を訴外銀行にあるノートン・リリーの口座に入金するよう同銀行に指図する際、送金人の名を原告の商号と異る「SHINWA・KAIUN・KAISHA」と表示して同銀行に連絡し、同銀行は、ノートン・リリーに対し、送金者が「SHINWA・KAISHA」である旨の通知をした。

3(1)  ところで、原告は、昭和四七年五月一八日、A/Bベリスから油槽船アリアドネ号(一〇万一七〇〇載貨重量トン。以下「本船」という。)について、期間を三年(但し、原告において右期間を二か月の範囲内で短縮又は延長することができる。)、傭船料を一か月一載貨重量トンあたり2.815ドルの約で定期傭船しており(以下この契約を「本件傭船契約」という。)、原告の前記2(1)の送金は、本船の傭船料の支払いに充てるため、その支払事務代行者であるノートン・リリーに対してなされたものである。ノートン・リリーは、原告から本船の傭船料にあたる金員の送付を受けたときは、直ちにこれを船主たるベリスかニユーヨーク市内の銀行に持つている口座にこれを入金することになつていた。

(2)  しかるところ、ノートン・リリーは、前記2(2)のとおり、本件送金契約の送金人の名を正確に通知されなかつたため、右送金が原告によつてなされたことを知ることができず、ベリスへの入金の手続を取らないままに本船傭船料の支払期日の昭和四八年五月七日(ニユーヨーク時間)を徒過した。

(3)  そのため、原告は、同月一五日、ベリスから右傭船料不払いによる本船引き上げの通告を受けた結果、本件傭船契約を存続させるため、同月一九日、ベリスとの間で、同月七日以降の傭船料を一か月一載貨重量トンあたり3.5ドルに増額する旨の合意をなすのやむなきに至つた。

(4)  右傭船契約は、昭和五〇年三月一五日に終了したが、原告は、右(3)の傭船料に増額したために、右(1)の割合によるよりも、別表損害額(米ドル)欄記載の金員を増加してベリスに支払わなければならなくなり、右金員を同送金日欄記載の日にそれぞれ送金した。

(5)  右各送金日における一ドルについての電信売相場は、別表TTS欄に記載したとおりである。

4  仮に前記3の損害の発生が被告の前記2の行為により通常生じうるものではないとしても、被告は、右損害発生に至る事情を知り又は知りうべきであつた。すなわち、原告は、被告に対し、本件電信送金を依頼する際、送金申込書に傭船料支払いの趣旨であることを明記していたのであるから、外国為替を取り扱う銀行である被告としては、本件送金が支払期日が切迫している場合の指図方法として指定されることの多い電信送金であることとも相まつて、右送金が支払期日の切迫した傭船料の支払いのためのものであると予想しえた筈であり、しかも、本件送金の支払方法が送金人において別途受取人に対する送金案内を行わない通知払いによることに鑑みると、被告としては、送金人名を正確に受取人に通知しないならば、右支払期日までに傭船料の弁済が行われず、その結果、傭船料が前記3の(3)ないし(5)のような損害を被るべきことを容易に予想しえたというべきである。

5  よつて、原告は、被告に対し、前記不完全履行に基づく損害金として、右増加支払分の合計に相当する三億八二五一万四三〇四円とうち別表損害額(円)欄記載の各金員に対する同送金欄記載の各翌日から支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金(但し、昭和五〇年二月七日までの合計は、別紙計算書〔Ⅱ〕のとおり、一七九一万八八三三円。)を支払うよう求める。<以下、省略>

理由

一請求原因1及び2(1)の事実は、当事者間に争いがない。また、同2(2)のうち被告が原告主張の日に送金依頼金額を訴外銀行にあるノートン・リリーの口座に入金するよう同銀行に指図した際、送金人の名を原告の商号と異る「SHINWA・KAIUN・KAISHA」と表示して通知したことは、当事者間に争いがなく、<証拠>によると、訴外銀行は、ノートン・リリーに対し、送金人が「SHINWA・KAISHA」であると通知したことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。そこで、まず通知払いによる電信送金の受託者たる銀行として、被告が受取人に送金人の名を通知すべき契約上の義務を負うか否かについて検討する。

<証拠>によると、次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

1  被告が顧客から電信送金の依頼を受けるときは、所定の「仕向送金申込書」(乙第一号証)によつて申込みを受ける取扱いとなつており、右申込書には、送金方法の指定、受取人の名称、住所、金額、備考欄(例えば、送金の趣旨等の受取人に対する伝達事項が記載される。)が設けられているが、申込人は、これらの申込事項の欄外に、申込人として署名押印する欄が設けられているにすぎない。

2  しかし、一般に銀行が通知払式の電信送金を処理するときには、内国、外国を問わず、事務上の手違い、その他特別の事情のある場合を除き、常に必ず送金人の名称が仕向銀行から被仕向銀行(支払銀行)に対する支払指図の電文中に表示され、支払銀行から受取人に対する送金案内の際に受取人に通知されており、送金人の申し出た伝達事項も同様の方法で受取人に通知されている。この取扱いは、長年にわたり確立されている取引上の慣行といつてよく、被告もこれに従つた取扱いをしている。このような取扱いが一般に行われている結果、送金人は、受取人に対し別途の案内をする労と費用を省くことができ、このことが通知払式電信送金を利用する際の利点の一つとされている。

3  本件の場合も乙第一号証と同一様式の用紙(乙第二号証)を用いて送金の申込しがなされ、備考欄に英文で「伝言、アリアドネ第一二回傭船料」との趣旨の記載がなされている。右備考欄の伝言は、被告の訴外銀行に対する支払指図に際し併せて打電され、訴外銀行のノートン・リリーに対する送金案内の際にノートン・リリーに併せて通知された。原告も、通知払式の電信送金にあつては、当然、送金人の名称や備考欄記載の伝言が受取人に対する送金案内の際に通知されるものと信じていたので、ノートン・リリーに対し別途に本件送金に関する通知をしていない。

以上の事実が認められる。そして、被告が訴外銀行に本件送金の支払指図をするにあたり、送金人の名称を併せて打電し、訴外銀行のノートン・リリーに対する送金案内にも送金人の名称が含まれていて、ただその表示に誤りがあつたにすぎないことは、前示のとおりである。

なるほど、送金契約の最も重要な要素が、送金人から受取人への金員の移転(現実には、いわば支配可能の勘定の移転)にあることはいうまでもないが、以上の諸事実によると、通知払式電信送金の場合に、支払銀行を介して受取人に対し送金案内の際に送金人の名称を併せて通知することは、少くとも長年にわたり確立されている取引上の慣行であつて、送金を委託する送金人も、これを受ける銀行も、ともにこの慣行が存在し、これに従つて送金業務が行われることを当然の前提として送金契約を締結しているものとみてよい。このことに、送金の趣旨及び送金人の名称を受取人に通知することが、単なる手続上のことがらではなく、受取人において送金の趣旨及び送金人を了知できるようにするという送金人及び受取人の双方にとつて重要な実質的内容をもつ事項であることを考慮すると、通知払式電信送金の場合に、受託者たる仕向銀行が支払銀行を介して受取人に送金人の名称を通知することは、送金契約に際して特段の留保がなされている等の特段の事情のないかぎり、送金契約上の債務の一内容をなすものというべく、これをもつて単なる仕向銀行のサービスとして契約上の義務のらち外にあると解することはできない。本件の場合に用いられた被告所定の仕向送金申込書の書式が前記1に認定したとおりであることも右の認定判断と牴触するものではなく、本件の場合に他に右にいう特段の事情があると認めうる資料はない。

したがつて、被告が訴外銀行を通じてノートン・リリーに対してなした前記通知の誤りは、本件送金契約上の債務の不完全履行というべく、これによつて原告に生じた損害を賠償する義務がある。

二そこで原告の被つた損害について検討する。

(一)  <証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  原告は、昭和四五年六月一九日、A/Bベリスから未建造の機動撤荷鉱油兼用船(後に本船と決定)について、期間を三年(但し、原告において右期間を二か月の範囲内で短縮又は延長することができる。また、その始期は、後に昭和四七年五月一八日と決定した。)、傭船料を一か月一載貨重量トンあたり2.775ドル(なお、この額は、昭和四六年四月二二日に至り、2.815ドルに変更された。)、一か月ごとに前払いとし、傭船料の支払いを遅滞したときは、船主は、催告なしに、本船を原告のための役務から引き上げることができる旨の約で定期傭船した。なお、右傭船契約は、原告の選択により昭和五〇年三月一五日に終了した。

2  右傭船料は、原告が支払事務代行者であるノートン・リリーに送金し、ノートン・リリーがこれを直ちにニユーヨークにあるベリスの口座に入金して支払うことになつていた。本件送金契約における送金額7万3764.78ドルは、一二回目に支払うべき本船の傭船料であつて、その弁済期は、昭和四八年五月七日(ニユーヨーク時間)である。

3  ノートン・リリーは、前示認定のとおり訴外銀行より送金人名が「SHINWA・KAISHA」であると通知されたため、本件送金が原告によつてなされたことに気付かず、ベリスへの入金手続を取らないまま放置し、右弁済期を徒過してしまつた。

4  ベリスは、同月一五日、右傭船料の不払いを理由として、原告に対し、本船を引き上げる旨の通告をした。

5  原告は、当時、本船をコンパニア・ナビエラ・アジアテイツク・エス・エーに再傭船に供しており、その傭船契約中には、いわゆる代船約款が含まれていた。しかして、この当時、本船と同程度の船舶を本船の残存傭船期間である二年間傭船するための傭船料の額は、一か月一載貨重量トンあたり四ドルを下らない。

6  そこで、原告は、本船が引き上げられた場合に生じるより大きな損害を回避するため、やむなく、ベリスとの間で、本船の傭船料を一か月一載貨重量トンあたり3.5ドルに増額して本件傭船契約を継続する旨合意し、ベリスに対して、同月二二日から昭和五〇年二月七日までの間、二二回にわたり、別表送金日欄記載の日に、いずれも新料率による傭船料を支払つた。このうち旧料率による傭船料との差額(増加支払分)は、同表損害額(米ドル)欄記載のとおりである。

以上の事実を認めることができ、右認定事実によると、被告が本件送金にあたり、ノートン・リリーに対して送金人の名称を誤つて通知したことと、原告が本件傭船契約を解除されたことにより被つた損害との間に、少くとも事実上の因果関係があることは明らかである。

(二)  そこで、右因果関係が相当因果関係の範囲に属するかどうかについて判断する。

原告は、本件損害は通常損害にあたると主張する。しかし、本件損害は、単に受取人に送金が届かなかつたことによつて生じたというのではなく、受取人に送金はされたが送金人の表示に誤りがあつたことから、受取人がこれを船主に支払わず、よつて船主が傭船契約を解除したという事情が加つたことによつて生じたものである。もつとも、受取人が送金を受けた資金をもつて、受取人の他の債務の支払いにあてようとしていたにすぎない場合とも異り、受取人が送金人との間の契約に基づいて、送金を受けたときはこれを直ちに船主に支払うべきものとされていたのではあるが、この契約は、被告との間の本件送金契約とは別個の契約関係に基づくものである。たまたまこのような契約関係が存在していたことによつて生じた本件損害をもつて、本件送金契約の前示不完全履行による通常損害にあたるとすることはできない。

したがつて、本件損害は、被告においてその事情を知つていた場合又はこれを知りえた場合にかぎり、相当因果関係にある特別損害として、その賠償義務があるにとどまるというべきであるから、以下この点について判断をすすめる。

原告が被告に本件送金を依頼した際に、仕向送金申込書(乙第二号証)の備考欄に「伝言、アリアドネ第一二回傭船料」との趣旨の記載をしたことは前示のとおりであり、前記乙第二号証によると、右申込書には、さらに、送金理由欄に英文で「傭船料」との趣旨の記載のあつたことが認められる。そして、<証拠>によると、本件送金依頼にあたり、原告の担当社員である川島某が被告の営業担当者である難波某からその日(ニユーヨーク時間)のうちに送金が完了することの確認を得ていること、海運業界においては、傭船料の支払を行うにあたり、船舶代理店を事務担当者とし、これを通じて船主に支払う方式がしばしばとられていること、傭船契約にあつては、毎月の傭船料の支払いを一回でも遅滞すると催告なしに傭船契約を解除できる旨の約定の付せられることも多く、本件傭船契約に使用されたモービル・オイル・コーポレイシヨン(在ニユーヨーク)所定の油槽船定期傭船契約書(甲第一号証の用紙)の契約条項4(b)にもその旨の定めがあること、以上の事実を認定することができ、右認定に反する証拠はない。以上の認定事実によれば、本件送金が支払期日の切迫した傭船料の支払いのためのものであることを被告が認識しえたことは明らかであり、このことに、被告がわが国でも有数の都市銀行であり、海運業を含む各種業界のさまざまな企業との間で銀行取引を行つているという公知の事実を併せ考慮すると、被告は、受取人のノートン・リリーが単なる支払事務担当者にすぎず、本件送金を受けてこれをさらに船主に支払わねばならない場合もありうること、その場合、送金人の名称に誤りがあると、受取人をして送金の趣旨の判断を誤らしめ、船主に対する傭船料の弁済期を徒過させて、傭船契約の解除を招く虞のあることを少くとも知りうべきであつたと解するのが相当であり、本件傭船契約が解除されたことにより原告の受けた損害は、被告の前記不完全履行と相当因果関係のある特別損害にあたるというべきである。

(三)  前示認定事実によれば、本件傭船契約の解除により原告の受けた損害額は、前記増加支払分を各送金日における電信売相場により邦貨に換算した額と解すべきであり、各送金日における電信売相場が一ドルあたり別表TTS欄記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。そして、右換算率により各送金日の損害額を算出すると、同損害額(円)欄記載の金員(合計三億八二五一万四三〇四円)となることは、計数上明らかである(但し、円未満は切り捨て。)。

三被告は、前示判断に反し、相当因果関係の存在を争うので、次にこの点について判断する。

(一)  被告は、先ず、原告の指定したノートン・リリーの口座がすでに閉鎖されていたため、訴外銀行がノートン・リリーの指示を求め、その結果、本船傭船料の弁済期後の昭和四八年五月八日(ニユーヨーク時間)になつてからノートン・リリーの別番号の口座に入金をした、と主張している。しかし、<証拠>によれば、ベリスのなした本船引き上げ通告の理由とするところは、右傭船料が同月一四日(ニユーヨーク時間)現在、ベリスの口座に入金されていない、というにすぎない以上、ノートン・リリーの口座への入金が右弁済期の翌日である同月八日であることをもつて直ちに因果関係を否定することはできない。

(二)  次に、被告は、ノートン・リリーの故意又は過失を主張しており、<証拠>によれば、ノートン・リリーが船舶代理店であり、本件送金時まで過去一一回にわたり本船の傭船料の支払いに携わつてきていること、ノートン・リリーが訴外銀行より、送金人「SHINWA・KAISHA」からノートン・リリーの閉鎖ずみ口座(〇一一―一―三八五五〇番)に入金があつたとの連絡を受けた際、ノートン・リリーの事務担当者のライアンは、右金員をノートン・リリーの現在の口座に入金するよう指示していることを認めることができる。しかし、これらの反面において、ノートン・リリーの傭船料の支払事務代行の態様は、前示のとおり原告より入金された金員を直ちにベリスの口座に払い込むという極めて事務的、機械的な処理をするにすぎないものであり、また、前記甲第一号証、証人伊東洋一の証言によると、本船は、ノートン・リリーを通じて傭船したわけでもないこと、ノートン・リリーは、従業員三〇〇名以上を擁する米国でも有数の船舶代理店であつて、送金照会だけでも一日一五〇本くらいにものぼること、ノートン・リリーは、顧客単位毎の勘定を持ち、顧客単位に事務を処理する態勢になつていること、送金人として通知された「SHINWA・KAISHA」は、ノートン・リリーと数年前まで約一五年にわたり取引を継続してきた新和海運株式会社の名称と酷似していること、前記ライアンは、追つて「SHINWA・KAISHA」なるものから何らかの連絡があると考えて、右送金額をとりあえず雑勘定に入れたこと、また、傭船料は、船舶の故障等による傭船中断(オフ・ハイヤー)があると、その期間分だけ次の傭船料支払時期がずれ、毎月一定の日(例えば毎月末日等)が支払日となるわけではないという事情もあつたことが認められる。そうすると、前記の事実から直ちに送金人が原告であることをノートン・リリーが知つていたと推認することはできず、また、ノートン・リリーに何らかの過失があつたか否かは格別、ノートン・リリーにおいて本件送金の趣旨を知悉しながらベリスの口座への払い込みを怠つたと解すべき根拠もない、といわなければならない。

そして、以上認定してきたところからすれば、ノートン・リリーが本件送金を直ちにベリスの口座に払い込むことなく、雑勘定に入れたことのそもそもの原因が被告の前記通知の誤りに起因することは明らかであり、また、被告とノートン・リリーがともに原告の委託に基づいてベリスに対する傭船料支払いの一環として順次送金をなす立場にある以上、ノートン・リリーに何らかの過失が認められるとしても、これがために、因果関係を否定することはできないし、これを捉えて原告側の過失として被告の責任又は賠償額の算定につき考慮すべきいわれはない。

(三)  被告は、さらに、前示原告の損害は、原告において、船主への直接送金を回避したこと、ノートン・リリーに対する監督が不十分であつたこと、送金に時間的余裕をもたせなかつたこと、ノートン・リリーに対する送金通知を省略したことも原因となつて発生したと主張するが、前認定の諸事実に照らしても、これらによつて前認定の因果関係が否定ないし中断されるとは考えられず(ノートン・リリーに対し、因果関係の中断を招くほどの監督不十分があると認めるに足りる証拠はない。)、また、被告が本件送金契約を債務の本旨に従つて完全に履行しておりさえすれば、これらのことが本来その必要がないのであるから、少くとも被告との関係では、原告に過失相殺の対象となすべき過失があつたとすることもできない。また、商法が陸上、海上の物品運送の場合に運送人の責任制限を認めている諸規定を、直ちに本件の場合に準用ないし類推することはできないし、送金手数料が被告主張のとおり低額の定めであり、本件の場合に無料であつたとしても、そのことは、叙上の判断を左右するものではない。

四したがつて、被告は、原告に対し、前記二(二)の損害金合計三億八二五一万四三〇四円を賠償する義務がある。ところで、原告は、これに対する遅延損害金を右増加支払分の各送金日(別表送金日欄記載)の翌日から起算して請求しているが、債務不履行による損害賠償債務は、履行期の定めのない債務として発生するのである以上、原告が訴状送達の日までに送金した分についても、訴状送達の日までは被告は遅滞に陥らないから、遅延損害金の起算日は、原告請求の起算日と本訴状の送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四八年一〇月一〇日とのいずれか遅い日にとどまると解すべく、右起算日は、別紙計算書〔Ⅰ〕の起算日欄記載の日となる。

五よつて、原告の本訴請求中金三億八二五一万四三〇四円と右増加支払分相当額に対する別紙計算書〔Ⅰ〕の起算日欄記載の日から支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金(但し、昭和五〇年二月七日までの合計は、別紙計算書〔Ⅰ〕のとおり、一七一六万二五九九円。)の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(平田浩 比嘉正幸 園部秀穂)

計算書、別表<省略>

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